この本は私にとってのバイブル。 1992年3月発行だから、おそらく、中3か高1くらい。 寝床には常にこの本があった。 ネットは無かったから、この本、重宝しました。 もっとも、関西のG1と京都新聞杯以外は不掲載だから、天皇賞馬殺し、というかっこいいあだ名をされたハマノパレードってどんな馬だったのかな、と想い続けて、新橋のJRA広報コーナーに通ったり。年に数回、学校を早く終えて、2時ごろから閉館まで通っていた記憶がある。 ギャロップ創刊がベガの三冠のかかった女王杯頃だけど、その前はブック、競馬報知、馬が競馬週刊誌でブック5:報知4:馬1という割合だったような。 ブックは駅売り限定で、23区内ながら、バスを使わないと駅に出られないようなところに住んでいた私は大レースの前には駅まで月曜の夕方にチャリを走らせていた。 優駿を買い始め、「譲ります」のコーナーに優駿過去○年分、ブック○年分という書き込みを見つけ、譲ってもらったのも大きかった。 何しろ、今のように昔の馬の成績がネットで簡単に調べられなかったから、馬柱がめちゃくちゃ大切だと思っていた。 当時は山野浩一の血統辞典を買うくらいで、それほど血統には凝ってなかった。 このころは、菊花賞史�兇箸いΕ咼妊�の音声をテープにダビングして、ウォークマンで聞いていた。杉本節の虜。 よく、中学生から彼女がいた、って奴がいるけど、女の子に男の趣味を邪魔される時間が少ない15〜20代前半を過ごしたことは幸せだった。カミサンはともかく、子供はかわいいから競馬、落語など、趣味の時間が削られても仕方ないけど。
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