こんばんは! 以前の日記等にも書きましたが、昨日、札幌競馬場でドリームジャーニーのお披露目が行われ、引退式以来、3年ぶりにジャーニーに会ってきました(*^^*) 僕とジャーニーの歴史についてはもう何度も書いてきましたので、今更くどいことは書きません(笑) (↓こちらをご覧頂ければと思います) 「競馬に出会ってから」(第1回〜第10回) ※ほぼ一番最初の日記になるので探しやすいかと思います。最初リンクを貼ったのですが、どうやらちゃんとページに飛んでくれないようなので…^^;すみれさん、教えて下さって、ありがとうございました☆ 今こうして競馬を大好きでいられるのも、ステイゴールドとその産駒たちを応援できているのも、本当にジャーニーのおかげです。 もし、あなたにとって特別な馬の名前を挙げろと問われれば… 僕は、(好きになった順番に)ドリームジャーニー、ステイゴールド、オルフェーヴル、ゴールドシップと答えると思います。 まずは、父ステイゴールドのお話。 引退当時、今をときめくサンデーサイレンスの直仔であり、近親にはサッカーボーイがいるという良血馬、しかも、最高峰のG�汽譟璽垢脳錣望絨未北召鯱△諭▲疋丱ぁ�香港で見事な勝利を遂げていたステイでも、他の種牡馬の実績と比べると見劣りするせいか、社台スタリオンステーションに入ることは出来ず、日高での種牡馬生活という、決して順調ではないスタートを切りました。 やはり、社台グループの繁殖牝馬と日高の牝馬の質を比べると、明らかに社台に軍配が上がりますから、新種牡馬としては「社台スタリオンに入れるかどうか」が最初の勝負所になると思います。そういった意味では、社台系のブリーダーズスタリオンステーションと、日高の雄・ビッグレッドファーム間のシャトル種牡馬ではあったものの、不安の残るスタッドインだったはずです。 とはいえ、割と安価でサンデーの直仔と種付け出来るということで、初年度から150頭程度の牝馬を集める人気種牡馬となったステイでしたが、その後は、実績・血統・産駒の成績等の面で、(生産者の目には)他種牡馬の方が魅力的だったのでしょうか?ステイの種付け頭数や種付け料はどんどん下がっていきます…。 そんなときに現れたのがジャーニーでした。 ステイ似の小柄すぎる馬体でしたが、強い闘争心と瞬発力で早くから活躍。2歳時に朝日杯フューチュリティステークス、そして、5歳時に宝塚記念と有馬記念を勝ちました。 この活躍で、再び種牡馬としてのステイが再評価されたのではないでしょうか。 具体的には、それまで「小柄で晩成」というイメージが強かったはずですが、ジャーニーのおかげで、“ステイゴールドの子は2歳の早い時期から活躍でき、かつ、成長力に優れている”というイメージが広がったと思います。 また、全弟のオルフェーヴルとの関係でいえば、オリエンタルアートにディープインパクトを付けたところ3回とも不受胎だったため、ラストチャンスでステイを付けたところ一発で受胎。 これは、池江泰寿調教師のリクエストで、「ステイであれだけの馬が生まれたんだから、ディープならいったいどうなるのか」という発想だったようですが、この言葉からしても、もしジャーニーが活躍していなかったら、このラストチャンスで選ばれたのはステイではなく、別の種牡馬だった可能性が高かったはずです。 そして、ゴールドシップ。 当時、母のポイントフラッグの産駒は大柄で脚元が弱い傾向があったので、小柄で丈夫なステイを付けたとのことですから(結果、シップもかなり大きくなりましたが、体はすごく丈夫ですよね)、「メジロマックイーンの血を持つジャーニーが活躍していたから」という意識は全くなかったようですが、「小柄で丈夫」で、かつ、種付け料も安くて活躍の見込める種牡馬ということで、ステイに白羽の矢が立ったのでしょうから、間接的にジャーニーが貢献しているのかなと思います。 このような流れがあるからこそ、僕にとってジャーニーは“原点”なのです。 先ほど挙げた、ジャーニー、ステイ、オル、シップに優越を付けることはとても出来ません。みんな特別過ぎる存在です。ただ、根底にはいつもジャーニーがいる、というかんじですね(^^) そんなわけで、前置きが長くなりましたが、これからジャーニーの写真をどんどん載せていきますので、どうぞご覧ください☆ (当日のジャーニーの状態については、ジャーニーの掲示板に書き込みをしましたので、そちらをご確認下さい。すみません…字数が足りなくて書けません^^;)
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