下世話な話を書く。 元モーニング娘。の矢口真里はかつて、バラエティ番組などで「少年のような心を持った男性がタイプです」などと盛んにアピールしていた。 私はそのことについて物申したい。(矢口真里はすでに人妻だが) 「少年のような心を持った男性」とは、まるでピーターパンのような純粋な心の持ち主である、と彼女は考えていたようだが、とんでもない誤解である。 私のような40過ぎのオッサンも含めて、世の男性は少年の頃何を考えていたのか、ということを全く理解していない┐( ̄ヘ ̄)┌ 成人した男性が少年の頃に考えていたこととは、ズバリ「8割方エッチなこと」である。 私の世代でいうと、中学生の頃は夜中にこっそりと「11PM」を観ては興奮し、「PLAYBOY」をこっそり読んでは興奮し、駅のゴミ箱に捨てられていたエロ雑誌をこっそり拾ってきて、見ては興奮していたε=ε=(ノ≧∇≦)ノ (強く主張するが、これは私だけではないはずだ!) つまり、私たち世の男性共が少年の頃は、はっきり言って頭の中は性的な興味しかなかった、と言っても言い過ぎではないのだ。 少なくとも私の世代までは、「少年のような心」と「性的興奮」は同義語だったのだ。 (もちろん、プラトニック・ラブという形態は存在していた。でも、あんなものは純文学か少女マンガでの話である) 森鴎外の短編小説「ヰタ・セクスアリス」で展開される主人公の性的妄想の世界は、私たち世の男性共の頭の中そのものであった。 少なくとも私の世代の男性は「肉食系」が当たり前だったのである。 現在は「草食系」「絶食系」といった、女性に対して消極的、あるいは全く興味を示さない男性が増えていると聞く。 私たちの世代では理解できないことである。 他人と深く交わることを怖がっているのだろうか? もしそうならば、私は強く主張したい。 他人と深く交わるということは、その人の喜びや悲しみ、怒り、苦しみといったものを知ることである。 その人の内なる物全てを理解したうえで、自らの心の内を全てその人に伝えることが、本当の人と人との付き合い方である。 「大人になる」ということは、人と人との付き合い方ができるようになる、ということである。 人の心の内に入るのは難しい。でも、入れなければ、いつまでも「少年」のままだ。
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