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とうけいにせい
  岩手
ターフに咲く花〜名牝伝説〜 Vol.7
2014/08/06 20:56

フミノイマージン

2006年3月14日生まれ
2013年5月12日没(7歳)

父 マンハッタンカフェ
母 シンコウイマージン(母の父Dixieland Band)

31戦8勝 (重賞4勝)

主な勝ち鞍 礼幌記念(2012)、福島牝馬S、マーメイドS、愛知杯(2011)

管理調教師 本田優 (栗東)
主戦騎手 太宰啓介

☆「ターフに咲く花」の第7弾、今回は豪快な追い込みで重賞を4勝したフミノイマージンを取り上げます。

この馬が本格化したのは5歳の時、それまでは体質の弱さなどでなかなか勝ち上がれませんでしたが、東日本大震災の影響で阪神開催となった中山牝馬Sを14番人気ながら2着に突っ込むと、続く福島牝馬Sを9番人気ながら豪快な追い込みで他馬をなで斬りにし、鞍上太宰啓介に初重賞制覇をプレゼントしました。(この年の福島牝馬Sは、これも東日本大震災の影響で新潟で開催されました)

5歳時には牝馬限定重賞を3勝したフミノイマージンですが、彼女のベストレースはなんといっても翌年(2012年)の札幌記念でしょうね。
6歳牝馬が混合G2を勝ったこと自体が快挙ですが、負かした相手がヒルノダムール、ダークシャドウ、ロジユニヴァース等重賞実績のある牡馬達でした。それらの実績馬を4角マクリで一飲みした末脚に、北の大地の競馬ファンは大いに沸きました。

実力なら牝馬トッブクラスのフミノイマージンでしたが、なぜかG1では好走できませんでした。
2011年のエリザベス女王杯は展開が向かず、翌年のヴィクトリアマイルは乗り替わりが裏目に出て、エリザベス女王杯は不得手な重馬場、これでもかというほど不運がフミノイマージンを襲いました。

7歳になっても現役を続けた理由は「この馬に何とかG1を獲らせたい」という本田師の執念からでした。
しかし、その執念は悲劇となってしまいました。

2度目のヴィクトリアマイル、第3コーナー付近でフミノイマージンは故障を発生、レースを中止しました。
「右第1指関節脱臼」致命傷でした(-_-;)
「なんとか命だけは...」と願う関係者、ファンの願いも虚しく、フミノイマージンは天に召されました。

フミノイマージンのオーナー、谷 二(たに つづく)氏は85歳、馬主歴40年の大ベテランオーナーです。40年間細々と馬主を続けて、初めて所有したG1級の馬、それがフミノイマージンでした。
そんな孝行娘、いや孫のようなフミノイマージンを失った直後の谷氏は、真っ先に太宰騎手の元へ行き、「すみませんでした...」と唇を噛む太宰騎手に「君が無事だったらそれでいいんだよ」と声をかけたそうです。
フミノイマージンと太宰騎手にとっては、谷氏がオーナーであったことがただ一つの救いでした。

最後にフミノイマージンを花に例えます。
成長は遅いが鮮やかな花をつける。でもその花はある日突然落ちてしまう。
フミノイマージンは「ターフに咲いた遅咲きの椿」なのです。

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