みなさんもご存じだと思いますが、船橋競馬、ならびに地方競馬を代表するトレーナーだった川島正行さんが9月7日に逝去されました。 2年ほど前から持病の糖尿病が悪化して、入退院を繰り返していたのだそうです。 川島正行調教師はアジュディミツオー、フリオーソ、ネームバリューでGI(後に格上げされたものも含む)を13勝、マグニフィカ、シーチャリオット、グラーベセクレタなどで東京ダービーを5勝(出川克巳調教師と並ぶ歴代トッブ)、他にもプライドキム、アスカリーヴルなどで南関や交流重賞を139勝、通算勝利数4839戦1237勝(勝率.271)、NARグランプリ最優秀調教師賞をを9回獲得など、船橋や南関のみならず、地方競馬全体をリードする存在でした。 川島さんが1990年に厩舎を開業した時に与えられた馬房は、わずか5つだったそうです。 思ったことをはっきりと口にする川島さんを船橋の調教師会は煙たがっていて、厩舎を開業することに難色を示すほどでした。 川島さんはこの時、本気で競馬界を去ることを考えたそうです。 そんな川島さんを思いとどまらせたのは、かつてのお手馬、エリモミサキの馬主であった北島三郎さんでした。 北島さんは調教師会に掛け合って、川島さんが厩舎を開業できるように取り計らってくれたのです。 厩舎を開業してからの川島さんは、開業する前に研修に行っていた牧場で培ったノウハウを調教に生かし、また競馬記者から藤澤和雄調教師の調教方法を聞いて自らの厩舎でも取り入れたりと、たゆまぬ探求心で強い馬を育てることに情熱を傾けました。 川島さんは「身だしなみ」や「清潔感」に非常に気を配った人でした。 「厩舎は客商売、汚い厩舎にいい馬を預けてくれるはずがない」と厩舎の周りに緑を植えたり、寝ワラを毎日新しいのに取り換えたりと、自らの信念に基づいて清潔感のある明るい厩舎作りに取り組みました。また、口取り式やNARの受賞式では燕尾服や紋付き袴、タキシードなど必ず正装で臨み、だらしのない態度は絶対に見せませんでした。 あらゆる意味で地方競馬の「先駆者」であった地方競馬の至宝ともいうべきトレーナーでした。 あらためて川島正行調教師のご冥福をお祈りいたします。 合掌
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